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【驚愕】パチンコ依存症の末路【僕の体験談】後編

2020年9月14日

どーも、jyunipapaです!

今回は、パチンコ依存症の末路【僕の体験談】後編を書いていきたいと思います。

前編では、初めてのスロットからパチンコ依存症になり、借金をして首が回らなくなり会社を退職するまでを書いていきました。

ここまででも悲惨なのに、後編では更なる借金地獄生活へと落ちていきます。

まだ前編を読んでいない方は、前編から読んでいただければと思います。


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【驚愕】パチンコ依存症の末路【僕の体験談】後編

【驚愕】パチンコ依存症の末路【僕の体験談】後編

前編の続きから書いていきます。

アルバイトで借金返済しつつ、パチンコ三昧

会社を退職後、寮を追い出され住むところがなくなった僕は、両親にお金を出してもらい近くの賃貸アパートを借りることになりました。

その時、全くお金がなかった僕に両親は当面の生活費という事で10万円仕送りをしてくれた。

僕がスロットにハマって借金していることは知るわけもなく。本当にとんでもない息子だ。

2か月後、僕はパチンコ屋のホールスタッフとしてアルバイトを始めた。

パチンコ屋に入り浸っていた僕はすぐに仕事に慣れていった。

アルバイトを始めるまでの間もスロットはもちろんやっていた。

両親からの10万もすぐに無くなり、クレジットカードも限度額いっぱいまで使っていた。

督促状と電話の嵐

そして、この頃から借金の支払いが滞り始め,初めて督促状が届いた。

それと同時に知らない電話番号から電話がかかってきた。

電話に出ると、「〇〇カードですが、今月のお支払いが確認できません。

〇〇日までに口座にお金を入れておいてください」と言われました。

最初はビビッてすぐにお金を入れて期日までに支払いを済ませていました。

しかし、当時3枚のクレジットカードとおまとめローンを組んでいた僕は、4か所に支払いをしていかなければならなかった。

当然、そんな支払い能力はなくなっていたので、徐々に督促状や電話を無視するようになっていった。

その後も電話や手紙はしつこくかかってきました。

僕はヤバいなという気持ちはあったものの返済できるお金がなかったし、あったとしてもスロットで勝ってから返そうという気持ちが強かった為、返せるようになったら連絡しようと思っていました。

しかし、当然都合よく勝つわけもなく、勝ってもまったく返済するつもりがありませんでした。

そして、連絡しないことが当たり前になっていった僕は、完全に借金の返済をやめてしまいました。

すると、2.3か月後、次々と強制解約の通知が届き、カードは一切使えなくなり、新たな借り入れもできなくなりました。

ダブルワークしてもパチンコ三昧

しばらくして、さすがに今の状況がヤバいと思った僕は、ガソリンスタンドで夜中のバイトも始めました。

パチンコ屋と合わせて月25万くらいの給料を得るようになりました。

しかし、それだけもらっていても結局借金返済することもせず、パチスロに明け暮れていました。

当時の僕は、恐ろしいくらいにスロットに全てを賭けていました。

バイト中もスロットの事ばかり考え、ホールを巡回している時に異常にスロットが打ちたくなり早退してパチンコ屋に直行したこともありました。

とんでもないアホですね。

家賃、光熱費滞納

そして程なくして、家賃と光熱費までも滞納するようになりました。

携帯は以前から滞納を繰り返していたが、会社の寮にいた僕にとって家賃や光熱費を負担に思っていた。

電気代、ガス代を滞納し続け、ついに完全に止められてしまいました。

水道代は、2か月ごとの徴収だった為か半年分くらい滞納しても止められることはなかった。

部屋は真っ暗、シャワーは水という生活が何日か続きました。

ここでもさすがにやばいと思った僕は、友人にお金を借り、光熱費を支払いました。

少し多めに借りて余ったお金は全てスロットに使いました。

家賃も2か月滞納しました。すると、僕ではなく連帯保証人の親に連絡がいってしまいました。

すぐに親から連絡が入り、「どうなっているんだ?」と問い詰められましたが、「口座にお金入れとくの忘れてた」とバレバレの嘘をつきました。

その後、なんとか家賃を払いました。

バイトをやめる

パチンコ屋のバイトを始めて約1年後、腰痛が酷くなり、仕事ができなくなってしまいました。

その為、パチンコ屋のバイトをやめてしまいました。

ガソリンスタンドのバイトがあった為、1か月くらいはなんとか生活できました。

しかし、7万くらいの給料しかもらっていなかったので、すぐに近くのスロット専門店でバイトを始めました。

腰痛はパチンコの玉運びが原因だったので、スロットだけなら大丈夫でした。

給料が2か月で15万ほどだった為、スロットに使うとほとんどお金は無くなり、いつものように家賃や光熱費を滞納しました。

そしてまた、電気とガスが止まり、最悪の状況に。

さすがの僕も精神的に落ち始めていました。

実家へ戻る決意をする

ある日、精神的にかなり落ちていた僕は、スロット専門店のバイトを無断欠勤しました。

その夜に入っていたガソリンスタンドのバイトも無断欠勤し、もうどうにでもなれ状態でした。

バイト先から連絡が入りましたが、全て無視しました。

そのあとも音信不通を続け、バイトは両方ともクビになりました。

それまで働いた分の給料はもらえたので、最後に職場に取りに行きました。

さすがに借金地獄で困っているとは知らず、みんな大丈夫か?と心配してくれていましたが、顔は引きつっていました。

そりゃそうでしょうね。人としてあり得ない行動ですからね。

ちょうどその頃、両親に実家に戻って来いと言われました。

僕ももうこのままだと人生ダメになると思い、実家に戻る決意をしました。

仕事も何もない僕は、すぐにアパートを引き払い実家に戻りました。

3年で借金完済

実家に戻ってから、仕事に就くまで半年かかりました。

久々の正社員でした。

給料は決して高くなかったが、実家暮らしで家賃や光熱費もなかったから余裕はあった。

借金の支払いもこの頃からちゃんと払い始め、順調に借金も減っていった。

スロットはやめられなかったが、新たな借り入れはできないし、貸してくれる友達もいなかった。

その為、借金してまでスロットに行くことはなかったから、3年で借金は完済することができた。

根本的な問題は解決していないが、借金完済で人生が動き始めた。



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結婚を機に引っ越し

当時、付き合っていた彼女と結婚することになったのだ。

その為、彼女の実家の近くに引っ越すことになった。

それがまた、僕が借金地獄に陥るきっかけとなるとは誰も予想していなかった。

この続きは、また別の記事で書いていこうと思います。

パチンコ依存症の末路:後編まとめ

いかがだったでしょうか?

小説やドラマの世界のような話ですが、僕が実際に体験した実話です。

本当にパチンコ依存症は怖いです。

この話が、人事に思えなかった人もいるのではないでしょうか?

僕は、この借金地獄にいたとき、ネットで僕と同じような状況、もしくは僕より酷い状況にある人の話を見て、内心ホッとしていました。

僕と同じような人がいる、むしろ僕より酷い人もたくさんいるんだと自分を正当化していました。

結果として、自分は大丈夫だと思い込み、何も変わることはありませんでした。

ですから、本記事を読んで僕と同じように思った方は、非常に危険です。

僕のような人間がいるからといって安心してはいけません。

必ずもっと酷い状況に陥ります。

そうなる前に、真っ当な道を歩いていくための行動を少しづつでも起こしていくことをお勧めします。

人は急には変われない。

少しづつ少しづつ行動していくことで、道を修正していけば良いのです。

その過程で、またパチンコをしてしまうこともあると思います。

でも、それはダメなことではないので、諦めずに行動を続けていけば、近い将来必ずパチンコとは無縁の生活を送れるようになると思います。

僕も、現在は全くパチンコをしていません。

それが全然ストレスに感じませんし、むしろパチンコすることを恐れています。

また同じことを繰り返すのではないかと。

もちろんいつどうなるかはわかりません。

またやってしまう日がくるかもしれません。

そうならないためにも常に行動し、パチンコから離れ続けなければいけないのです。

ギャンブル依存症を克服されたコウジさんのブログです。
とても参考になるので、ぜひご覧ください。
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jyunipapa(ジュニパパ)

ギャンブル歴15年。脱ギャンブルから2年経過。 高卒→就職→借金180万(パチスロ)→完済→結婚→2児のパパ→借金300万(競馬)→完済(肩代わり)→両親に返済中→プログラミング学習→転職→失敗→副業→ブログ(現在) 2020年8月、ブログ構築。 ギャンブル依存症を克服する方法や家族の接し方などの情報を発信しています。

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